やけどの痕は母を許した証(あかし)としよう!第35話
私が赤ちゃんの時、母の背におんぶされながら、母はアイロンをかけていた。
その時、私の右手が飛び出したのかアイロンに右手が触れて大火傷を負ってしまった。
野口 英世さんみたいに指と指がくっついてしまってはいなかったが、
少し大きくなってからはその手の皮膚がぐちゃぐちゃなのを見るたびに嫌な思いをしていた。
母は私に対して「アンタがいきなり手を出したからいかんじゃん。」と三河弁でずっと私のせいにしてきた。
私は幼いながらも、そんな母の言葉に何か違和感を感じてきた。
少し大きくなってそれは親がもっと気を付けるべきことで、
普通おんぶしながらのアイロンかけは良くないだろうと
母に対しては、『すぐ責任転嫁する人』なんだとのレッテルを貼り付けて見るようになった。
それから時がたち今、やけど痕(あと・こん)も少し小さくなり年齢的に手のシワも目立つようになって
どこがやけど痕だったのか、もうわからなくなっている。
がそれ自体はどうでもよくなっていたが、母に言われた事に対して思い出すと
トゲが刺さったまんまのようで時々怒りが込み上げてくる事があった。
その怒り感情をずっと手放し続けてきた。
母は産まれた時からずっと近くで応援してくれていたり、支えてくれてきた存在でもあったが、
亡くなるまでは身近な摩擦しあう関係で、川を流れる石のごとく下流に向かうに連れて丸くさせてもらってきた人だ。
親との関係は人間関係の基礎みたいなもの、ここを癒す事はその後の人間関係に大きな影響があると思います。
そこで第28話にある過去の自分を癒すワークをやってみた。
まずハイヤーセルフを呼んで(第2話・第4話)一緒に過去の赤ちゃんの私に会いに行くイメージをしてみた。
※ハイヤーセルフに繋がらずワークをやっても大丈夫です。
病院に連れて行かれた時、赤ちゃんなので話は出来ないので、代わりにお医者さんに言いたい事を言ってもらうイメージをしてみた。
「おんぶしたままのアイロンがけは、いけませんね。この子に謝って、落ち着いたら毎日撫でてあげて下さい。」と言ってもらう。
少し大きくなった私のイメージもする。
母が「私の不始末でこんな事になってごめんね。」と言ってもらうイメージをする。
私は「もういいよ。そんなの。じきに気にならなくなるから。」と言って微笑んで母を許しているイメージをした。
今現在の私はそれを客観視している。
私も母となり当時の事を母目線で見てみる事にした。
当時の母は我が子が痛い思いをして苦しんでいるのを受け入れ難く、
自分の責任でこうなってしまったんだと受け入れるのが辛すぎたんじゃないか。
祖母との嫁姑のもめ事の絶えない家だったので、散々責められたんじゃないのか。
そこで赤ん坊の私が一方的に悪いことに決めつけてしまえば、母は自分の苦しさを軽減出来ると考えたのだろうか?
私の怒りのあるうちは一方的な、こちらサイドの一面しか見えていないが
冷静になって立場を変えて見る事で相手の気持ちも少しずつわかるようになってくる。
母は晩年病気から認知症になった時、私の娘を連れて行くと「キレイな手だね。」と言って孫の手をよく撫でていた。
異常に手ばかり褒めるところがあった。
子どもの綺麗な手への憧れがずっとあったんだろうか。
今ではこの右手のやけど痕を怒りの象徴としないで、母を許している象徴としようと決めた。
この右手のやけど痕を見る時は母に感謝する時間にするようにした。
五体満足に産んでくれたのだから、それだけで充分だった。
「お母さん、よ~く辛いのを乗り越えてきたね。よく頑張ったね。もう怒ってないからね。お母さん、ありがとう。」と亡くなった母の代わりに右手に言う。

