宿題だった日記が新しい自分を引き出した!

ruri
ruri
これは今から45年以上前の話になりますが中学の宿題に「日記」という物がありました。

日々の気づいた事や悩み事など先生と生徒でやり取りするもので、毎日出さなくてもいいし好きな時に提出すればいいし、強制感はなかったように思います。

学校側としては、その子の抱える悩みや問題にいち早く気づき、ひとりで抱え込まないように対処していこうという試みだったかと思います。

その当時の私は親にも悩みなんて話したことないし、どこかで聞いてもらえないと思っていたので、先生にも話すなんてありえなかったのです。

ラピス
ラピス
でもその宿題は出していたのよね。
中学生のruri
中学生のruri
そうそう。仕方ないので、日々の雑事やいろんな先生のくせ、口癖、特徴など先生の観察日記なるものを書いてみたりしてました。

特に担任の先生は当時離婚したばかりで、年中ジャージを着て冬になるとウインドブレーカーを上から着るという定番の格好でしたが、洗濯が面倒くさいのか汚れると裏っ返して着ていました。

ラピス
ラピス
ぎぇっ。においそう~。
中学生のruri
中学生のruri
絶対面白いじゃん!この人!

生徒からは「汚い」とか「洗濯ぐらいしろよ!」とか突っ込まれていましたが、その先生の事が大好きな生徒はいっぱいいました。

他の先生とは違って威厳はないし、”出来る”感じも、かもし出すこともなく、弱い面も素直に見せるしヒョウヒョウとして自然体で生徒に近い人だったように思います。

ラピス
ラピス
へえ~。好かれてたんだ。
中学生のruri
中学生のruri
この先生が覇気がないように見えてしまいがちなので、先生を高倉健さんばりの任侠関係の過去をもつ人に見立てて、小話を作って日記に書いて提出したりしてみました。

するとある時、帰りの会で担任の先生からみんなの前で言われました。

担任の先生
担任の先生
全くruriの日記は書きたい放題だな。
中学生のruri
中学生のruri
と言いながら顔はニマニマしていました。なんか嬉しそうじゃん。

それからというもの、いろんな子が「日記見せて」と言ってくるようになりました。

交代で”朝の会”の司会を日直がするのですが、私の番になった時にみんなからの視線がいつもと違うのです。

なんか面白い事でも言うんじゃないかって期待感みたいなものも感じたんです。

ラピス
ラピス
小学生の頃は人前で話すのが苦手で「声が小さい!聞こえない!」なんて言われながら半ベソかきながら司会をしてたのにね。
中学生のruri
中学生のruri
なんか突っ込まれても強気で言い返してる自分がいました。

ほんの小さなきっかけでこんなにも自分が変わるなんてと一番自分がビックリしていました。

ruri
ruri
高校生になってからは日記の宿題は無くなりましたが、日記は時々自分のために書くようになりました。

誰にも見せることはないので、心の整理として行うようになりました。

混乱している頭の中のものを外に出してあげることで、脳内がスッキリしてリセットされ自分というものの正直な姿が浮き彫り化されているのに気が付いたからです。

大人になって自己啓発な事を学ぶようになって、やはり同じ様な書き出す事を進められているのを知ってやってきたことは良かったんだと確信しました。

今はそれらの思いたちに感謝の言葉を送っています。

 

ABOUT ME
ruri
ruri ルリ  心と身体をほどくボタニカル・ヒーリング・パートナー  ヒーラー、精麻クリエイターとして活動、 現在は体と心、魂、エネルギー状態などトータルでの健康の大切さを伝える活動をしている。